寒い中、春告げ花“福寿草”が… 北茨城市

056.gif鈴木三蔵さん宅056.gif2012/01/27撮影
例年、この家の裏側東向きの山の斜面約700㎡(200坪)に咲く福寿草の開花最盛期には、朝日を受けた黄色い色がまぶしい程、瞼に映るとのこと。
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058.gif福寿草が着々と開花準備058.gif
立春(2/4)間もないこの時期“自生種・福寿草”の里・北茨城市関本町才丸地区は、磯原地区が雨であっても当地区は標高が高い所為か、気温が低く雪になり積もった雪が暫く銀世界を醸し出している。
この環境の中で福寿草たちは、土の中で春を待ち着々と開花の準備をしているようだ。
なお、福寿草の見頃は、2月下旬頃からだが、個人管理であるので、ご覧になる場合は、家人(管理者)に許可を得てから常識を以って観賞をお願いしたい。

069.gif才丸地区の昔はこんなところ069.gif
長塚節の紀行文「才丸行き」
今から107年前の明治38年、歌人・小説家「長塚節」が滑川氏なる人物の案内で北茨城市の中妻地区(?)から下相田・小豆畑(杉内・腰越)花園(水沼)地区そして、才丸地区到着までを辿る道中記(紀行文)がある。(赤字をクリックしてください。)
塩の道・平潟街道(棚倉街道)を行く れいな日記から
平潟街道とは、棚倉藩が江戸時代中期頃から明治30年の常磐線開通による物流変化まで東回り海運の重要な港の平潟港より棚倉の約60㎞を塩・鉄・日常用品などの運搬に用いた街道があり、街道の途中休息地点の才丸地区には旅籠「坂口屋」があって当時、その界隈と街道筋は、人馬の往来で賑わうものがあったとか…。(赤字をクリック)

056.gif陽だまりに僅かに咲く福寿草056.gif2012/01/27撮影
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056.gif艶やかな福寿草056.gif2005/03/09撮影
この才丸地区に昔からある自生種の福寿草は、そこらここらに咲いている福寿草とは違う趣きがある。
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056.gifきつねのごん太056.gif
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by reina-g | 2012-02-01 13:30 | 北茨城市のニュース


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